real
ラテン語 Latin現実の、実際の、物
この語根について
語根 real のもとになっているのは、ラテン語でもっとも基本的な単語のひとつ rēs「物、事柄、用件」です。法律用語の res publica(直訳すると「公共の物」、つまりみんなのものである事柄)にも同じ rēs が残っていて、これが英語の republic(共和国)になりました。rēs とは、実際に存在して扱うことのできるもの全般を指します。物体、財産、事実、裁判にかけられた案件などです。
後期ラテン語はこの rēs から形容詞 reālis「物に関する、実際に存在する」を作りました。これがこの一族全体の要です。real であるとは「物の世界に属している」こと、つまり頭の中だけでなく事実として存在していることです。そこで最初の、もっとも直接的なメンバーが real「実際に存在する、本物の、作り物でない」になります。
real から、一族はいくつかのはっきりした方向に枝分かれしていきます。
- 名詞を作る接尾辞 -ity(状態)を付けると reality。「現実であること」、つまりありのままの物の世界です。face reality は「願望ではなく、事実の世界と向き合え」という意味になります。
- -ism(主義、やり方)を付けると realism。物事をありのままに受け止め、描こうとする立場です。芸術や文学、政治(political realism「政治的現実主義」)、さらに哲学(物は私たちの心とは無関係に存在するという考え方)でも使われます。
- 動詞を作る接尾辞 -ize(〜にする)を付けると realize。ここで面白いことが起こります。realize はもともと「現実にする」、つまり計画や夢を実際のものに変えるという意味でした(realize a goal「目標を実現する」、realize a profit「利益を上げる」)。ところが、それと並んで、今ではこちらのほうがよく使われる第二の意味が育ちました。何かを 自分の頭の中で 現実にする、つまりある事実が本当だと急に理解する、という意味です。I realized I was wrong. は「自分が間違っていたという事実が、自分にとって現実になった」ということです。同じ一語が「外の世界で現実にする」と「心の中で現実にする」の両方を担っているわけです(イギリス英語では realise とつづることが多いです)。
一族の中には、現実の さらに先 へ手を伸ばすメンバーもいます。フランス語の sur- は「上に、越えて」という意味なので、surrealism(シュルレアリスム。詩人アポリネールが名づけ、サルバドール・ダリらの画家によって有名になりました)は 現実を超える 芸術です。溶けた時計、夢の論理でできた風景など、物の法則ではなく無意識の法則に従うイメージを描きます。
この一族のパターンは一貫しています。real が錨、つまり実在する物の世界であり、それぞれの接尾辞や接頭辞がそれをどう扱うかを教えてくれます。-ity はその状態を、-ism はそれについての考え方を表し、-ize はそれを行動に変え、sur- はそれを飛び越えるのです。
real = 物 の世界(ラテン語 rēs)です。何かを realize するとは、それを頭の中で現実にすること、つまりその事実がやっと自分にとって存在するようになることです。この一族はすべて「実際に存在するもの」に戻ってきます。
代表的な単語を詳しく
同じ語根を持つ単語の中から、特に語る価値のある数語を選び、その成り立ちを一つずつひもときます。
realize一語に二つの意味が入っている、いちばん面白いメンバーです。文字どおりには「現実にする」(-ize =〜にする)で、realize a dream(夢を実現する)や realize a profit(利益を上げる)のように、何かを実際のものに変えることを表します。しかし現代の中心的な意味は心の中のほうで、ある事実を *頭の中で* 現実にする、つまり急に気づくことです。I realized I'd left the door open.(ドアを開けっぱなしにしてきたことに気づいた)のように使います。仕組みは同じで、向きが二つあるのです。外の世界で現実にするか、自分の頭の中で現実にするか。イギリス英語では realise とつづります。
一語に二つの意味が入っている、いちばん面白いメンバーです。文字どおりには「現実にする」(-ize =〜にする)で、realize a dream(夢を実現する)や realize a profit(利益を上げる)のように、何かを実際のものに変えることを表します。しかし現代の中心的な意味は心の中のほうで、ある事実を *頭の中で* 現実にする、つまり急に気づくことです。I realized I'd left the door open.(ドアを開けっぱなしにしてきたことに気づいた)のように使います。仕組みは同じで、向きが二つあるのです。外の世界で現実にするか、自分の頭の中で現実にするか。イギリス英語では realise とつづります。
realize を見るrealityreal + -ity(状態)で「現実であること」、つまり実在する物の世界です。この語の力は対比の中にあります。reality と夢、reality とフィクション、reality と期待、reality とバーチャル。in reality(実際には)は、誤った印象をさりげなく正す言い方で、face reality は相手に「願ってばかりいないで現実を見なさい」と告げる言い方です。新しい造語もこの対比を生かしています。virtual reality(本物のように感じられる作られた世界)や reality TV(台本がなく、いちおう「本物」の人たちが出演する番組)がその例です。
real + -ity(状態)で「現実であること」、つまり実在する物の世界です。この語の力は対比の中にあります。reality と夢、reality とフィクション、reality と期待、reality とバーチャル。in reality(実際には)は、誤った印象をさりげなく正す言い方で、face reality は相手に「願ってばかりいないで現実を見なさい」と告げる言い方です。新しい造語もこの対比を生かしています。virtual reality(本物のように感じられる作られた世界)や reality TV(台本がなく、いちおう「本物」の人たちが出演する番組)がその例です。
reality を見るrealismreal + -ism(主義、やり方)で、世界に対するひとつの姿勢、つまり「物事をありのままに受け止める」という立場を表します。分野ごとに意味が分かれます。芸術や文学では、日常生活を理想化せずに描くこと(gritty realism「生々しい写実」、social realism「社会主義リアリズム・社会的写実」)。政治では political realism と言い、理想よりも力と利害にもとづいて行動すること。哲学では、世界は私たちの知覚とは無関係に存在するという考え方です。語根はひとつ、分野はいくつもありますが、根っこにある感覚は同じで「取り繕わない」ということです。
real + -ism(主義、やり方)で、世界に対するひとつの姿勢、つまり「物事をありのままに受け止める」という立場を表します。分野ごとに意味が分かれます。芸術や文学では、日常生活を理想化せずに描くこと(gritty realism「生々しい写実」、social realism「社会主義リアリズム・社会的写実」)。政治では political realism と言い、理想よりも力と利害にもとづいて行動すること。哲学では、世界は私たちの知覚とは無関係に存在するという考え方です。語根はひとつ、分野はいくつもありますが、根っこにある感覚は同じで「取り繕わない」ということです。
realism を見るsurrealismsur-(フランス語で「上に、越えて」)+ realism で、現実の上へ、現実の先へ行く芸術です。詩人アポリネールが名づけ、アンドレ・ブルトンが運動を率い、サルバドール・ダリの溶ける時計や夢の風景で広く知られるようになりました。狙いは現実を否定することではなく、現実より上に立つことです。夢と無意識の論理を、目に見える世界よりも現実的なものとして描こうとしたのです。
sur-(フランス語で「上に、越えて」)+ realism で、現実の上へ、現実の先へ行く芸術です。詩人アポリネールが名づけ、アンドレ・ブルトンが運動を率い、サルバドール・ダリの溶ける時計や夢の風景で広く知られるようになりました。狙いは現実を否定することではなく、現実より上に立つことです。夢と無意識の論理を、目に見える世界よりも現実的なものとして描こうとしたのです。
surrealism を見る関連する語根
どちらも「本当であること」に関わりますが、角度が違います。real(rēs)は実在、つまり「それは事実として存在するか」を問題にします。ver(ラテン語 vērus)は真実や正しさについての語根で、verify(確かめる)、verdict(評決)、veracity(真実性)などがあります。見分け方は簡単で、「存在するか、想像か」なら real、「発言が真か偽か」なら ver です。
ess/ent(ラテン語 esse「ある、存在する」から)は、存在や「あること」そのものを表す語根で、essence(本質)、present(ある、出席している)、entity(実体)などがあります。real が「それは実際の物か」を問うのに対し、ess/ent は「ある」というむき出しの事実を指します。哲学では両者が重なります(reality と essence)が、real のほうが具体的で、日常的な語です。
fact(ラテン語 factum「なされたこと」)は感覚的に近い語です。fact とは、実際に起こったこと、実際にそうであることを指します。reality も facts も「実際はどうなのか」を表しますが、real は存在(そこにある)に、fact は真実として確定していることに重点があります。