sci
ラテン語 Latin知る、知識
この語根について
語根 sci はラテン語の scīre「知る」から来ています。当て推量のようなあやふやな勘ではなく、本当の、しっかりと定まった知識のことです。物事の仕組みを知っていること、事実を確かに知っていること、善悪の違いを知っていること、といった意味での「知る」です。
もっとも直接の子孫は science(scientia「知識」)です。もともとはあらゆる種類の知識を意味していましたが、ここ数世紀のあいだに、自然界を体系的に研究する学問という意味に狭まりました。scientist は文字どおりには「知識の人」であり、scientific なものとは、信頼できる知識を築くための方法に従っているもののことです。
もっとも豊かな枝は、con-(ともに、一緒に)を付けたところから生まれます。con- + scīre =「ともに知る」、つまり気づきを分かち合うことです。このひとつの考えから、英語は一群の語を引き出しました。
- conscious:自分自身とともに知っていること。自分が目覚めていると気づいている、自分のしていることがわかっている状態です。
- consciousness:そうした内なる気づきの状態全体、意識です。
- consciously:そのことを十分に自覚しながら何かをすること、意識的に。
- conscience:一族の中でいちばん意外なメンバーです。ローマ人にとって「自分自身とともに知る」ことには、自分の行いがよかったか悪かったかを知ることも含まれていました。その内なる立会人が、私たちが conscience(良心)と呼ぶ道徳の声になったのです。知識 と 倫理 が一つに溶け合っていることに注目してください。良心とは、自分が何をしたのかを 知っている 自分の一部なのです。
- conscientious:その内なる道徳的な知に導かれていること。そこから、正しいことをするのに注意深く、手を抜かないという意味になります。
さらに二つのメンバーが「知る」の範囲を広げます。omni-(すべて)+ scient = omniscient「全知の」。これは神や、すべての登場人物の心の中が見える語り手の性質です。pre-(前に)+ scientia = prescience。何かが起こる前にそれを知ること、つまり先見の明です。
つづりは少し変化します。接尾辞の前では、この語根はしばしば scient(scīre の現在分詞の語幹)の形で現れます。omni-scient、pre-scient、con-scient-ious がその例です。接頭辞と接尾辞をはがすと、その下にはいつも同じ静かな主張があります。私は知っている ということです。そこから一族は二つの方向に広がります。外側へは、世界についての体系的な知識へ(science, scientific)。内側へは、自己への気づきと道徳心へ(conscious, conscience)。
science の中に sci が聞こえますね。これは 知る ことの語根です。con-(ともに)を付けると「自分自身とともに知る」になります。だから conscious は「自分に気づいている」、conscience は自分が正しいことをしたかどうかを 知っている 心の声、つまり良心なのです。
代表的な単語を詳しく
同じ語根を持つ単語の中から、特に語る価値のある数語を選び、その成り立ちを一つずつひもときます。
scienceラテン語の scientia は、単にあらゆる種類の「知識」を意味していました。道徳の知識も、職人の知識も、書物の知識もです。英語の science も、その歴史の大半ではほぼ同じ意味でした。実験という方法が主流になった 1700〜1800 年代になってようやく、現代の意味、つまり自然界についての体系的で検証可能な知識へと狭まったのです。語根は変わっていません。変わったのは「何を本当の知識とみなすか」という世の中の考え方のほうです。
ラテン語の scientia は、単にあらゆる種類の「知識」を意味していました。道徳の知識も、職人の知識も、書物の知識もです。英語の science も、その歴史の大半ではほぼ同じ意味でした。実験という方法が主流になった 1700〜1800 年代になってようやく、現代の意味、つまり自然界についての体系的で検証可能な知識へと狭まったのです。語根は変わっていません。変わったのは「何を本当の知識とみなすか」という世の中の考え方のほうです。
science を見るconsciouscon-(ともに)+ sci(知る)で「自分自身とともに知る」です。conscious であるとは、その内なる「ともに知ること」を持っていること、つまり自分が目覚めていると気づいていて、自分のしていることがわかっている状態です。同じ con- +「知る」という核からは conscience も生まれました。違いは、conscious が気づき全般を指すのに対し、conscience は善悪を知ることに意味が絞られた点です。
con-(ともに)+ sci(知る)で「自分自身とともに知る」です。conscious であるとは、その内なる「ともに知ること」を持っていること、つまり自分が目覚めていると気づいていて、自分のしていることがわかっている状態です。同じ con- +「知る」という核からは conscience も生まれました。違いは、conscious が気づき全般を指すのに対し、conscience は善悪を知ることに意味が絞られた点です。
conscious を見るconscience一族の中でいちばん意外な飛躍です。con- + sci は文字どおりには「ともに知る」ですが、ローマ人にとって、自分自身とともに知ることには、自分の行いがよかったか悪かったかを知ることも含まれていました。自分の秘密を分かち合うその内なる立会人が、私たちが conscience と呼ぶ道徳の声になったのです。だからこそ、知識と倫理が一つの語の中に同居しています。良心とは、自分が本当は何をしたのかを知っている自分の一部なのです。
一族の中でいちばん意外な飛躍です。con- + sci は文字どおりには「ともに知る」ですが、ローマ人にとって、自分自身とともに知ることには、自分の行いがよかったか悪かったかを知ることも含まれていました。自分の秘密を分かち合うその内なる立会人が、私たちが conscience と呼ぶ道徳の声になったのです。だからこそ、知識と倫理が一つの語の中に同居しています。良心とは、自分が本当は何をしたのかを知っている自分の一部なのです。
conscience を見るomniscientomni-(すべて)+ scient(知っている)で「全知の」です。すべてを知っている神、あるいは文学では、すべての登場人物の心の中を同時に見通せる語り手(全知の語り手)を表します。つづりに注意してください。-ent という語尾の前では、語根は分詞の形 scient をとります(prescient や conscientious にも同じ語幹が隠れています)。
omni-(すべて)+ scient(知っている)で「全知の」です。すべてを知っている神、あるいは文学では、すべての登場人物の心の中を同時に見通せる語り手(全知の語り手)を表します。つづりに注意してください。-ent という語尾の前では、語根は分詞の形 scient をとります(prescient や conscientious にも同じ語幹が隠れています)。
omniscient を見る関連する語根
gnost/gno はギリシャ語の gignōskein「知る」から来ていて、ラテン語 scīre のギリシャ語版の双子です。diagnosis(症状を通して知る=診断)、prognosis(予後)、agnostic(「知らない」=不可知論者)などを生みました。簡単な分け方としては、ラテン語系の「知る」の語は sci を使い(science, conscious)、ギリシャ語系の語は gno/gnost を使います(diagnose, agnostic)。
cogn(ラテン語 cognōscere = co- + gnōscere「知るようになる」)は sci と重なりますが、知るようになる・見分けるという過程に重点があります。recognize(認識する)、cognition(認知)、incognito(お忍びで)などです。sci は定まった知識や気づきに近く(science, conscious)、cogn は見分ける行為そのものに近い語根です。